日産 スカイラインGT-R
スカイライン(SKYLINE)は日産自動車が製造・販売している乗用車。
もとはプリンス自動車の主力車種であったが、日産自動車との合併後も引き継がれた。
現在のスカイラインは11代目で、4ドアセダンと2ドアクーペがあるが、過去にはステーションワゴンもラインアップされていた。
5ドアハッチバックやライトバンもラインアップに存在した時期もある(後継は日産・アベニール・カーゴ→日産・エキスパート)。
ミドルクラスセダンに位置するが、自動車レースで活躍した過去があり、特に"GT-R"グレードは同クラスの他車に比べてレース色が強い。
最大のライバルはトヨタのマークII(現マークX)である。過去に姉妹車として、同じ村山工場で生産されていたローレルと、セフィーロ(初代A31型は、一時期座間工場で生産されていた)もあった。
長野県岡谷市には、単一車種の博物館としては異例ともいえる「プリンス&スカイラインミュウジアム」がある。
GT - Rを冠することの出来ない世代もあり、それがGT-Rの存在そのものに箔をつけている。
「世界的に有名な3つのアルファベットがあります。G、T、Rです。私はここでお約束いたします。必ずGT-Rは復活します。」2001年東京モーターショーのプレス・カンファレンスでカルロス・ゴーンCOO(当時)が"GT-Rコンセプト"を前に行ったプレゼンの最初の言葉である。
スカイラインは本来国内販売専用車であるが、極わずかのGT-R(R33,R34)が輸入業者の手により同じ右ハンドル車が走っているイギリスにも上陸しており評判が高く、日産自動車側に「イギリスでも販売して欲しい」と言う要望が強かったのと、ルマン24時間耐久レースで「NISMO GT-R LM」として出場した事によりヨーロッパでの知名度が上がった事を受け、正規品としてR33GT-Rはモデル末期に100台限定、R34GT-RもV-spec仕様が販売された。
スーパーGTで活躍するミハエル・クルムも日本国内でR34GT-Rを2台購入し、モナコへ輸送している。
差異はないが、R34型は現地の法規に合わせた対応(セキュリティの強化やヘッドライトのハロゲンバルブ化(保安基準に適合しなかったための変更)、スピードリミッターを欧州の自主規制値である250km/hへ引き上げ、及び200マイル/hスケールスピードメーターの採用等)や後に国内仕様のMスペックにも採用された本革シートが装備されている(因みに英国仕様の本皮はコノリー社により手作業で張られたもので、日本のラインナップには無かった赤色シートも選択出来た)。
因みに初代GT-Rが発売される前年の1968年東京モーターショーにはプロトタイプが参考出品されているが、この時点ではGT-Rの名は存在せず、称号GT-AおよびGT-Bの流れを汲み、市販時にはGT-Cの称号が与えられるであろうと当時噂されていた。



